カモシカを笑顔で追う

 平日は車で、ほぼ毎日100km移動してる。高速道路ではない街中を、だ。なぜこんなにも移動しているかの問いの答えは「そういう仕事をしているから」である。名古屋市の北区、中区、千種区瑞穂区名東区、天白区、守山区日進市長久手市瀬戸市春日井市ら辺を社用車でぐるぐる回りながら、いくつもの移ろいゆく街並みを車の中から眺めている。

 

 キレイな桜並木がどこにあるかを知っているし、路駐をして日陰で休憩ができるポイントも知っている。トイレがいつもピカピカで店員さんの愛想もいい良いコンビニもいくつか把握している。他にも、女子大生が路地から湯水のように湧いてくる横断歩道も知っているし、庭で大型犬とニワトリとチャボが放し飼いになっている妙な施設も知っている。営業しているかも怪しいただの民家に見えるカレー屋、出来町通の初見殺しバスレーン、点滴スタンドごと外に出て隠れて煙草を吸っている病院患者がたむろする路地裏など、取るに足らないような人や場所が、頭にすり込まれてく。

 

 特筆するまでもないけど、名古屋はタクシーの運転が酷い。彼らはとどまる事を知らない。急発進急ブレーキはもはや平常運転だ。毎日100km運転をしている自分がそう思うのだから間違いない。おそらく名古屋は多車線道路が多い為、車線変更に迫られる回数も必然的に多くなってしまい、強引に割り込んできたりする行動が目立ってしまうんだろう。だから普段からタクシーの近くには極力近づかないようにしている。でも不思議なことにタクシーが事故をしているところも見たことはない。皆が皆、タクシーに近づくと危険ということが分かっているからかもしれない。

 

 正直飽きてしまっている。荒い運転のタクシーが多い道路も、なかなか移り行かない変わらない住宅街も、見応えのない平凡な歩行者も。一度カモシカ名東区の住宅街に逃げ込んで警察が出動した現場も目撃したけれど、そんなおもしろい事件は滅多には起こらない。(名古屋の住宅街にカモシカ出現 警官ら20人で捕獲:朝日新聞デジタル (asahi.com))かれこれ5年ぐらいの仕事の大半は、ぼーっと運転をしているような感じだ。「運転は好きではない」これがこの仕事に就いてからの自分の結論で、これからもこの孤独なレースは仕事を辞めない限り続いていくのだ。

 

 それでも名古屋の北側を流れる庄内川を渡る時は、いつも水面の反射のきらきらを走行中に見ながら「仕事なんてどうでもいいからこの川をずっと眺めていたい」というセンチな気分になれる。上下左右に高低差をつけて並走する国道41号線と名古屋高速1号楠線の無骨な橋ごしに見える河川敷。駐車するスペースがないから、こんないい眺めなのに走行しながらでしか眺めることができないのがあまりにも勿体ない。「ああ。私にこの川を見るだけの時間をください」と、庄内川を渡るたびに考える。そんな時間は、ない。

 

 カモシカがこの庄内川の河川敷を走る不釣り合いな映像を脳内で考えだす。一生懸命にカモシカを河川敷で追いかける。警察も私も、近所の人たちもカモシカでさえみんな笑顔だ。自分が何者かを忘れて、ただ気持ちの良い風を体中に感じながら、追いかけっこを演じている。横目には宝石のように輝いてる水面。羽を休める水鳥たち。あの事件の時のカモシカは無事捕まったらしいが、この脳内のカモシカは笑顔の自分と一緒に永遠と河川敷を走り続けるだろう。そして、私には明日からまた同じような景色を薄ら見ながら、ぼーっと真顔で運転する毎日が待っている。

 

2024年5月19日